どうみても良いものです。
逆さまでもOK。
描こうと思ったら双方から別のイメージに発展可能です。気ままに考えるのが楽しい。
と言うか、何等の形を描くよりこっちが面白い。束縛がないからかもしれないけど。
私はこのようなことが好きなので日頃ずっと似たようなことをやっています。つまり、何等の意図も持たずにできた模様からイメージを連想するのです。
遠望
個人的な面白さに遊んでいるとも言えるのですが、ここには描画のひそみの部分があると思ってるのです。描いてもその雰囲気が出ないのに何故か偶然がそう見える。この不思議を思うのです。
葦の生える沼
勝手なタイトルを付けていますがつまりは何でも良いのです。もっと他が連想できれば添それで良い。
丘への斜面
もし回転させて他の物に見えればそれでも良い。ここはイメージを受けて脳がなにを判断するかに任せます。これらはただ単に絵の具や墨を流したものか或いは他の意図を持って描いたものを別の角度から眺めたりしたものです。筆の動きひとつとっても、それを追いかけて描いたものよりさり気なく無造作に、偶然に媒体に触れたかのようである方が私にはグッとくるのです。
勿論誰しもがそうだとは言いません。これは完全に私の世界です。しかしこれが私の絵画の原点でもあるのです。
とはいえ、とてもうまくは説明できません。追々イメージを公開するのみです。
私の個人的な取り組みです。大袈裟なことではありません。偶然に散らばった絵の具の跡からでも様々なイメージを思い浮かべてみようということです。
私は、以前は綺麗に整えられたイメージが好きでした。当然のことですが、物が整えて描かれてあると他の物を想像することはありません。しかしそれを大雑把にでも、あるときはかなり適当に形を分解して幾つかのパターンに置き換えてやると、そこから他の形や物事を想像できるようになる--これが面白いと感じるようになったのです。
逆に言えばこれは、適当に散らばった図形からでも、見る人によって様々なことが想像されるということで、近頃の私はかなりその虜になっています。狙いをもって描いた絵を逆さまに見ると、その方が面白いときがあります。
だからどうだという話になると困ってしまうのですが、興味深く感じている間は続けてみる考えです。
そうそう、例えば象さんやお猿さんが描いた絵などもなかなか面白かったりしますね。それらは現実にそれなりの値で売られていると聞きます。アートは全て見る人の感じ方ですからあまり制限はない方が良いと思います。
何が生まれるか、あるいは生まれないかも知れないけれど、描いている私が面白く感じていればそれで良しとしましょう。