2026年1月11日日曜日

坑口

更新できない間に新年を迎え、さらに10日以上過ぎてしまった。何の実りもないように見えるこのようなことをしていてよいのかと思いつつやっていることは同じ。アートは私にとって、今や単純に頭の体操になってしまいました。でもまあ、良いのですそれで。それで十分に楽しい。苦しいことも多いですがね。


これは、何気に勝手に生まれたイメージで、ぼんやり眺めていると破壊された基地か或いは廃坑の入り口のように見えてきたのです。適当なタイトルをつけています。企んでそうしたわけではないのですが、パターン化されたものが重なるようなイメージで、我々が何かを描こうとしてうまく行かないとき、ここにはそのヒントがあるように思うのです。

これをもとに、もっと抽象的に分解したイメージを描こうと思ったのですが、全然うまく行きません。相変わらず偶然に勝てないでいます。この辺の研究がまだまだ捗っていないということでしょう。私は今でも片方で具象を描いていますが、それは徐々により大雑把なより抽象的な雰囲気に変わりつつあります。勿論すべてをそうしようと思っているわけではありません。しかし、この部分は具象絵画においても、その描画の重要なヒントが隠れていることに私は気づきました。非常に個人的な部分でです。

それは描画の初期を眺めると、過去のものと明らかに違ってきていることを認識します。月日があっと言う間に過ぎていくことを思えば、自分の取り組みはほとんど虫の歩行でしかありませんがしかし、どうせここまで来たらという感じで取り組んでおります。

2025年12月19日金曜日

洗い流しの偶然

結果論での効果に興味を抱くことが多いです。私の関心はこの頃すっかりそちらばかり。発展できそうな予感がするのです。もっともそれが、いつもうまく行くとは限りません。


変哲のない過去の風景画を思い切り洗い流しました。そうです、こういうことができるのは再溶性の絵具だからです。一度固まったら動かないアクリルなどでは難しいです。私は好んでガッシュで描きます。

抽象現代系が多くなったと言っても実は具象絵画が圧倒的です。しかし眼が抽象系にも開かれたことに関してはとても有益だと感じています。

今のところ、全ての行為は思考錯誤と言えるでしょう。でもいつか結果が出ると思っていますが、心配なのは私に残された時間です。私は若くなく進展は遅すぎる。毎日何かを描いていたとしてもです。

言葉もタイトルも要らない偶然性の多い絵をもっと描きたいと思っています。しかしその中でも自分で興味深く感じるのはそれほど多くありません。あればもっと更新がたくましいでしょう。

のんびりとした更新で良いと考えています。絵は決してブログを更新させるために描いているのではないと言い聞かせています。

2025年12月14日日曜日

やっぱり化石か

何故か知らぬが埋もれているものに妙に魅せられる。ぼんやりとそんなものをイメージして描き始めて途中で行き詰りました。描くなりにどんどん違ってきます。ここから繋げられるイメージが沸けばよいのですが…。


しかし一方ではこういうことも言える。私の、この段階で言えば立派な作品をいうよりも試行錯誤そのものが目的だといっても良いでしょう。つまり頭の体操です。従ってこれも中途で放置するかもしれません。そういう時は適当なものが適当にに巡ってくるまでうっちゃっておきます。似たような絵をいくつも描いておりどれも途中放棄です。情けないことです。

2025年12月6日土曜日

意味を求めないほうが…

そんな歌がありました。生きる意味を求めない。誰の歌だったかな。わすれました。そんなの求めてもその先に一体なにがある。意味を問うのは狭い範囲でのことでしかないのでしょう。描くことも似ていると思います。描く意味など求めない。

とまあそう言ってしまうと身も蓋もないのですが、私の場合、描くものにそれを求めない。ただふとインスピレーションがあればそれを大事にする。そして多くは偶然を楽しんでいる。そういうことくらいかな描いているといっても…。だからタイトルすら求めていない。今のところは…。

でも先々はわからない。描けたものからそれこそその時のインスピレーションでタイトルをくっ付けるかも知れない。今更何をどうしたところで何が開けるわけでもない。そんな状態で描いています。ただこうやって筆を楽しんでいる間に何かが生まれそうな気がするのです。

勘違いかもしれません。それだって別にどうってことありません。精々その位置で楽しんでいるのです。なので絵もそんな調子ですが、以後手を加えることによってどんどん違ったものに変化するだろうとは思います。

2025年12月2日火曜日

模索は続くけど

自分としても、これがどうなっていくかはあまりわかっていません。それでもいいやが私のアートです。アートと呼べるものなら。とにかく私には、今はこれが最も楽しいのです。


楽しいことだけをやっていると物事は時として外しがちです。悪戦苦闘で停滞しているように見えるときの方が後の実りが大きかったりします。つまりその双方がないと物事は進まない。今さら進んだところでどうなるかはともかく、生きている限りは人は行動するものです。

非常に個人的なことですが、言ってみればこれはただ筆を振り回している遊びのようなものです。同様のことを以前記しました。しかしそこが大事でして、アートなんぞと気取って言われてもそんなに大上段に振りかぶってやるものではない。そこは人の好き好きですが、私はそう思っているのでなるべくは意味ありげな難しい文言は避けています。結果も期待せずただ成り行きに任せる。それがこのブログの出発点でした。

以後もそれを守ろうと思います。とはいえ、成り行きなのでどうなったって構わないのですが…。ただ数年前には自分でも思っても居なかった方向なので、これはこれで興味深いことだと思っています。この上にどんどん絵具を重ねるので随分変わることでしょう。