2025年9月23日火曜日

無造作な筆跡から

そういうことをこの頃ずっと試しています。その内面白いことにならないか。面白くなくても良い、奇妙であっても良いのです。何がどうなったって知りません。


そう居直っちゃうとあれですがね、意図した描画よりもその方が面白い。もう随分昔からそうなってしまった。ならそれで良いではないかと思っている訳です。何も出なくてもそれで良いし。

ひとつ言えば、期待も込めずにただ筆を這わせる。これだけでも面白いのです。その時に妙な落ち着きを感じるのです。何故かはわかりません。

具象なら形を追わねばならない。それ自体がもう面倒なのです。面倒というのはちょっと理解されないかも知れません。普段普通に具象も描いており、それが辛いとか面倒とかいうのはちょっと違うかも知れません。だったら描けない。でも、何等も意図せずに思うままとはまるで違います。

100パーセント無造作で意図を持たない--というのはあり得ないかもしれない。しかも途中から色気が出る。あ、ここが面白いなと思ったらそこを何とかしてやろうと思う。これは意図です。だから完全に意図を持たないことはない。でも、それはそれとしても、これはこれで面白いのです。少なくとも私には。

絵を描くのに遊びではいけないとかの意見を時として耳にします。しかしそれは既に意図です。恐らく具象しか描かない人でしょうね。私はペンキ職人のシャツの染みにも面白さを感じるタイプでして。

無造作と意図しないというのはまた別の話ですが、それはまた思いついたときにでも…。

2025年9月13日土曜日

雑事に追われてモヤモヤと

トンと更新が滞っていました。描くことへの意欲がなくなっているわけではないのですが、まったくどうしてこうも色々重なるものかとため息の出ることがあります。



その一つが例のWindows10のサポート切れです。仕事場周りで最も大きな問題はこれです。余計な時間を取られたくないので出来の良い中古を一つ買うかと思ったり考えがまとまりません。しかし一台マシンが増えると置き場所も考えねばならない。

仕事と関係のないところではちょっと怪我をしたりで、歳と共に足腰が思っている以上に弱っているのでしょう、割と転倒しやすくなりました。日常的なことでもあれこれがあって、生活レベルでものを言えば当然そちらを片付けるか方向を決めるべきものなのです。が、それができない。なかなか進まない。

そんなことで、モヤモヤした状態でも、こんなことではいかん、とばかり取り組みはするのですが、そっちに集中というにもなかなか気持ちが落ち着かない。

だったらいっそそのモヤモヤを絵にしたらと思ったりします。今のところ、何の方向も持たずに、その辺の壁の模様さえアートだとの考えで始めたのですが、結局はなるようになれと割り切って進めます。更新もまったく気まぐれ。

絵にタイトルさえ考えないのはもとよりそうですが、スタイルまでバラバラになりつつあります。それでいいと割り切っています。

絵はガッシュによる無作為の絵です。作為はあってもそれとは逆に出たりと、情けなくもそれでも良いじゃないかの世界です。