2025年11月19日水曜日

イメージが変化してきた

このイメージは8月の20日だったかに公開したものに少々手を加えたものです。その瞬間で何を想起するか、その時々で違ったものを思い浮かべます。ここまで手を入れると今度は何に見えてくるか。


徐々にそれは変わってきました。以前はどこかで出土した古い石材をイメージしました。しかしずっと眺めていると朽ち果てた古い樹皮のようにも見えます。時として、というより概ねは、最初から何を描こうと強い意志を持っているわけではありません。その場合もあるのですが、それとて作業を進めるに連れイメージが変わってしまったりします。でも、それでよい、まさにその時流れるままだとのスタイルです。

これはさらに描き進めるつもりです。その時どうなっているかはちょっとわかりません。大雑把にはイメージを思い浮かべているのですがその通りにいくかどうかは全く不明です。しかしここからはそれほどの変化はないでしょう。

いずれにしても私は、朽ちたもの、人の目に触れないもの、長い間隠されていた後にあらわになったもの、などに関心を持っています。ここで描くものも概ねそういうものになるでしょう。

2025年11月11日火曜日

最近よく描くこの手の絵

基本的には岩盤ですがね、扱いようで面白いと思うのです。私の好みの筆使いがピッタリなのです。誰しもイメージされるものに対する好みがあり、それをどう表現するかにも好みがあります。この好みの違いを評価と区別できない人も存在するのですが、私は一切気にせずにやりたいと思っております。


アート系のブログは他でもやっていまして似たようなのを公開することもあります。するとこことどう区別するのかという問題がでてきました。その辺は、あまりこだわらないで良いではないかと思っているのですが最近の試行錯誤の一つです。

試行錯誤は他にもあって、いやいや、試行錯誤というよりそれ以前の話。そもそも私が絵を描いているのはいったいどんな理由によるものなのだ…ここがいささかわからなくなってきました。もう何を描いても世間に出すつもりはない。つまりブログ以外での展示は一切考えないということです。

これに関しては過去にも経験があるのですが、いずれもろくな結果にならなかった。ゆえにその意味を感じなくなったのです。今では評価すらもう求めないので、描くことはあっても個展などをする考えはありません。過剰とも思える前向きの人を眺めると、ああ自分もああだったかなと、ちょっと懐かしい感じもします。当時は抽象現代系とはかけ離れていましたが。

まあしかし、それはそれでいいじゃないか、そう言い聞かせつつ、筆を動かしていることそのものが好きであればそれでよい。そのとき脳は心地よいのだ。

いつまで続くかしれないブログですが、今後も迷いつつの日々でしょうね。多分、これは私の人生が老いに差し掛かっていることと関係あると思います。長いことやってきてサッパリだったなと思いつつの、これはちょっと笑い話の世界です。

それこそ、まあいいじゃないか。

2025年11月1日土曜日

本当に流れるままに

そうですね、抵抗してもしょうがない。徐々にそう思い始めたのです。残る時間の減少、体力の衰え、捗らない計画。そのどれもが、もう抵抗してもしょうがないなと思えることばかりです。


精々私はその程度の者であり、無理をしてもこける。そういうことを受け入れねばしょうがないのです。実際本当にこけることある。私は居酒屋が好きなのですが、飲んだ後にもう何度か転倒しています。昔なら考えられなかったことです。咄嗟の手さえ出ない。目の発病も考えもしなかった。それがわかってからはもう三年以上になるのですが、その間は正直言って狼狽の日々でした。落ち着いて考えれば、効果などありそうもないことに期待をかけたりする。その費用だって馬鹿にならない。