2025年12月6日土曜日

意味を求めないほうが…

そんな歌がありました。生きる意味を求めない。誰の歌だったかな。わすれました。そんなの求めてもその先に一体なにがある。意味を問うのは狭い範囲でのことでしかないのでしょう。描くことも似ていると思います。描く意味など求めない。

とまあそう言ってしまうと身も蓋もないのですが、私の場合、描くものにそれを求めない。ただふとインスピレーションがあればそれを大事にする。そして多くは偶然を楽しんでいる。そういうことくらいかな描いているといっても…。だからタイトルすら求めていない。今のところは…。

でも先々はわからない。描けたものからそれこそその時のインスピレーションでタイトルをくっ付けるかも知れない。今更何をどうしたところで何が開けるわけでもない。そんな状態で描いています。ただこうやって筆を楽しんでいる間に何かが生まれそうな気がするのです。

勘違いかもしれません。それだって別にどうってことありません。精々その位置で楽しんでいるのです。なので絵もそんな調子ですが、以後手を加えることによってどんどん違ったものに変化するだろうとは思います。

2025年12月2日火曜日

模索は続くけど

自分としても、これがどうなっていくかはあまりわかっていません。それでもいいやが私のアートです。アートと呼べるものなら。とにかく私には、今はこれが最も楽しいのです。


楽しいことだけをやっていると物事は時として外しがちです。悪戦苦闘で停滞しているように見えるときの方が後の実りが大きかったりします。つまりその双方がないと物事は進まない。今さら進んだところでどうなるかはともかく、生きている限りは人は行動するものです。

非常に個人的なことですが、言ってみればこれはただ筆を振り回している遊びのようなものです。同様のことを以前記しました。しかしそこが大事でして、アートなんぞと気取って言われてもそんなに大上段に振りかぶってやるものではない。そこは人の好き好きですが、私はそう思っているのでなるべくは意味ありげな難しい文言は避けています。結果も期待せずただ成り行きに任せる。それがこのブログの出発点でした。

以後もそれを守ろうと思います。とはいえ、成り行きなのでどうなったって構わないのですが…。ただ数年前には自分でも思っても居なかった方向なので、これはこれで興味深いことだと思っています。この上にどんどん絵具を重ねるので随分変わることでしょう。

2025年11月19日水曜日

イメージが変化してきた

このイメージは8月の20日だったかに公開したものに少々手を加えたものです。その瞬間で何を想起するか、その時々で違ったものを思い浮かべます。ここまで手を入れると今度は何に見えてくるか。


徐々にそれは変わってきました。以前はどこかで出土した古い石材をイメージしました。しかしずっと眺めていると朽ち果てた古い樹皮のようにも見えます。時として、というより概ねは、最初から何を描こうと強い意志を持っているわけではありません。その場合もあるのですが、それとて作業を進めるに連れイメージが変わってしまったりします。でも、それでよい、まさにその時流れるままだとのスタイルです。

これはさらに描き進めるつもりです。その時どうなっているかはちょっとわかりません。大雑把にはイメージを思い浮かべているのですがその通りにいくかどうかは全く不明です。しかしここからはそれほどの変化はないでしょう。

いずれにしても私は、朽ちたもの、人の目に触れないもの、長い間隠されていた後にあらわになったもの、などに関心を持っています。ここで描くものも概ねそういうものになるでしょう。

2025年11月11日火曜日

最近よく描くこの手の絵

基本的には岩盤ですがね、扱いようで面白いと思うのです。私の好みの筆使いがピッタリなのです。誰しもイメージされるものに対する好みがあり、それをどう表現するかにも好みがあります。この好みの違いを評価と区別できない人も存在するのですが、私は一切気にせずにやりたいと思っております。


アート系のブログは他でもやっていまして似たようなのを公開することもあります。するとこことどう区別するのかという問題がでてきました。その辺は、あまりこだわらないで良いではないかと思っているのですが最近の試行錯誤の一つです。

試行錯誤は他にもあって、いやいや、試行錯誤というよりそれ以前の話。そもそも私が絵を描いているのはいったいどんな理由によるものなのだ…ここがいささかわからなくなってきました。もう何を描いても世間に出すつもりはない。つまりブログ以外での展示は一切考えないということです。

これに関しては過去にも経験があるのですが、いずれもろくな結果にならなかった。ゆえにその意味を感じなくなったのです。今では評価すらもう求めないので、描くことはあっても個展などをする考えはありません。過剰とも思える前向きの人を眺めると、ああ自分もああだったかなと、ちょっと懐かしい感じもします。当時は抽象現代系とはかけ離れていましたが。

まあしかし、それはそれでいいじゃないか、そう言い聞かせつつ、筆を動かしていることそのものが好きであればそれでよい。そのとき脳は心地よいのだ。

いつまで続くかしれないブログですが、今後も迷いつつの日々でしょうね。多分、これは私の人生が老いに差し掛かっていることと関係あると思います。長いことやってきてサッパリだったなと思いつつの、これはちょっと笑い話の世界です。

それこそ、まあいいじゃないか。

2025年11月1日土曜日

本当に流れるままに

そうですね、抵抗してもしょうがない。徐々にそう思い始めたのです。残る時間の減少、体力の衰え、捗らない計画。そのどれもが、もう抵抗してもしょうがないなと思えることばかりです。


精々私はその程度の者であり、無理をしてもこける。そういうことを受け入れねばしょうがないのです。実際本当にこけることある。私は居酒屋が好きなのですが、飲んだ後にもう何度か転倒しています。昔なら考えられなかったことです。咄嗟の手さえ出ない。目の発病も考えもしなかった。それがわかってからはもう三年以上になるのですが、その間は正直言って狼狽の日々でした。落ち着いて考えれば、効果などありそうもないことに期待をかけたりする。その費用だって馬鹿にならない。