2025年8月12日火曜日

粗っぽいけど妙に引っかかる

時々こういうことがある。ぼんやり何か描こうとしていてそのなにかが定まらぬまま一旦放置して、それが妙に引っかかる。何かになりそうだ、とかつい思うのです。ここからどう進めれば良いか、そこはかなり朧気だけど、妙に雰囲気が悪くないなと思うのです。


描いていればそういうことは普通にあって、下手にいじると壊れてしまう。これはつきものですが、この雰囲気を保ったまま何かの形でモノにできないか、などと考えています。

見る人はともかく描く方はその時点であれこれと考えているので粗いイメージからでもかなりなところを想像できます。しかしそれは定着させようとすると消える性格を持っています。これはつまり、思い出そうとするとそれを笑うようにドンドン消えてしま夢のようなものかな。

この頃の描画はどことなくこっくりさんめいてきました。筆に勝手に動いてもらえたら面白いだろうな。そんなことってあるかな。

取り留めのない日常です。絵も取り留めない。

2025年8月10日日曜日

コンクリートはアーティスト

何でもがアート。むしろ偶然がアートです、この場合…。そう思ったらアート。本人がそう思っている限り他人様の意見は関係ありません。



よく独りよがりはダメだとか言います。でもここではそれが優先です。ひとりでよがれないでどうする。誰とよがる。

例えば…これはどんな分野でもそうですが、自分は他人より優秀だとか、私って凄いとかが振舞いに出ている人は、これは他人との関係ができてしまうので困った独りよがりです。しかしアートに関しては全く個人の問題であり世界です。そこはむしろ、完全な独りよがりを見せてもらわないと面白くないのです。できないことの方が断然多いのですが、ここはなるべくそれで突っ切りたいと思います。

これに関しては以前にも書きました。コンクリートには、壁であれなんであれ面白い染み跡というか模様が描かれることがあって、古いコンクリートはなかなか凄いと思うのです。まったくお化けのような染みもあるし、絶妙なアートになっているものだって存在します。しかもそれは風雨に晒されるためにいつまでも同じではありません。濡れるとまた違ったものが出てきたり、もしかしたら占いに使えるかも知れません。亀の甲羅のひび割れと似たようなものです。

染みができやすいのはなにもコンクリートだけじゃないですが、しかしコンクリートはそれができやすいのです。誰も眼を向けないところにアートは散らばっている。周辺を歩くだけでアートです。

2025年8月6日水曜日

たまにホラーをどうぞ

このブログはそっち系ではないので基本的にない絵ですが、夏ですし、まったく40度越えなんて気持ちも萎える。なので、あまり怖くもないですがホラー系の一枚。



こういうのはわざわざそれを狙って描くのではありません。偶然の産物です。絵の初期段階に時として現れる不気味なイメージを以前から不思議に思っています。

なにか憑いている?

いやいや、それなら結構です。どちらかというとそっちを楽しみたい方でして、これでも昔からかなり奇妙な体験をしていまして、だから何があるというのでもないですが、嫌いじゃありせん。

普段でもミステリーやホラー系の動画を楽しんでいますが、自己啓発系の人は行いを正しくしましょうとか、思考を明るいほうに向けましょうとか、そうすれば変なものは出ませんとか、つまらんことを言います。だったらホラー系が好きな人は皆不幸です。実際は逆です。ホラー系を楽しんでいる人は実は幸せな人が多いのじゃないかな。楽しめるのだから。やたら神に導かれているなんて思い込む人こそ不幸です。時々回ってきますよそういう人が。

ところで以前にもちょっと記したと思うのですが、関連してパレイドリア現象とかも面白いです。周辺でも沢山見かけるし私の絵にもゾロゾロ出てきます。

絵が何にみえるかはお任せします。ただの汚れた絵の具の後だと思えれば、それはそれで結構なことです。

2025年7月31日木曜日

具象抽象と情けなくもあるが

片方で具象を描いているのです。私はあまり丁寧な段取りをやりません。性に合わない。いきなりバシャバシャと置いていく。だから最初だけをみると、いったい何を描こうとしているのかすら知れない。


ところがこの頃はむしろその段階の方が面白いと感じてしまうのです。 もちろんそのままでは作品にはならないけど、そのまま完成を目指すよりも他へ持って行った方が面白いと、そう感じ始めて以後は、もう物事が一定方向に進まない。もっと言えばだんだん具象画描けなくなってきつつあります。

それはそれでよいのですが、同時に困ったことでもあります。そのまま具象へ進んだら、後の展開が退屈で仕方がないのです。これっていったいどういうことなんだろう。

いや、抽象に引っ張るにしても到達点はここではない。もっと描き込まねばならない。双方に時間を割いて、それはそれで良いのだろうか。いつも迷います。私の人生に、もう残りは多くありません。

しかし一方で、どの道たいしたことなどやっていないので、あれこれ悩んでも無駄。そんな気もします。今は今、楽しめることを素直にやりましょう。

2025年7月26日土曜日

夜祭り

ちょっとおどろおどろしい感じですが、たまにはこういうのも。夏なのでちょっと怖い系も悪くはないでしょう。ぼんやり眺めていると怖い系があちこちに浮かんでおります。



これはしかしそれを狙って描いたものではないのです。適当に筆を走らせて、具象でやっていまうと形がハッキリするので他のものには見えなくなってくるのですがしかし、荒っぽいままの状態かイメージを早描きしたままで止めると、そこには色んなものが浮かんできます。これは描画の上でのちょっとした楽しみでもあります。心霊写真の殆どはそれであると以前述べました。

どうせ出るならドンドンでてもらおうということで、今後もこれ系を時と次第でupしてみるつもりです。興味のない人には全然ですがね。それはしょうがない。