木漏れ日に面白さを感じるかどうかはその人次第ですが、私はかなり魅了されています。実際それは神秘的であり時には色んなものを想像させるようなものすら浮かび上がってくることがあります。
2024年5月30日木曜日
木漏れ日は私にはとても魅力的です
2024年5月27日月曜日
ブログのデザインで試行錯誤しています
このようなことは本来公開する前にやって置くべきでした。しかしながら迷っています。ブログのデザインひとつ、程よいところをなかなか作れないものですね。
私はどちらかと言えばスリムなデザインが良いのですが、眼が衰えてきたので、それに連れて文字が小さいのではちょっと見にくいのです。
公開したのはつい先日ですが、ブログの前身を作ったのは何年か前でした。その当時はあまり不具合はありませんでした。実際これは私にとっては深刻な問題で、いつ劣化が止まってくれるかという僅かに希望的な事柄しか残されていません。自分にどうにもできない事柄に関してはここであまり述べても意味はありません。せめて見やすいブログデザインをとあれこれやっている訳です。
2024年5月25日土曜日
観察したり考えたりが楽しい--1
なんと言うことのない描画途上のスケッチも、ちょっと観方を変えてやると別のイメージが浮かんでくることが少なくありません。或いは失敗したと思われたスケッチでも別のいろんな角度から眺めると意外に興味深い部分があったりするものです。
そんなときどうすればよいでしょう。私はできるだけマメに記録を取って置くべきだと思っています。描画が進めばその瞬間は失われてしまいます。私はそんな意味でも、描画初期、つまり描き出しのイメージや中途の段階をなるべく写真に撮るようにしています。そして事実上非公開のブログに個人の記録として保管しています。必ずしもブログにする必要はないのですが、その時の考え方やひらめきを記録しておくことができます。これは小さなことではないと思います。それなりの手間は取られますが意味はあると思います。
2024年5月23日木曜日
気の向くままに色々と
このブログでは現代アート風を多くしたいと思っています。しかし普段の取り組みに関しては、ほぼ単純な練習であることをお断りすれば、それなりに色んなことに取り組んでいます。
世の中には透明水彩しか描かない人も油彩しかやらない人も存在します。その点で言うと私はかなり様々なことをやっています。今多いのはガッシュによる描画ですが、これはかなり物理的な事情によります。
2024年5月20日月曜日
興味の対象はどこにでも見出せる
多くの人はきっと同じ考えだと思います。つまらぬ模様からでも人によって面白さを感じたりするもので、だからアートなのだと、まあこれは、そんなに力むことでもないのですが、私に取ってはその辺りのことは非常に重要なのです。
2024年5月18日土曜日
過去は謎の方が面白いけれど
何となくそう言う風に思えるものです。 しかしそれは成る程の人であってのことでして、私のような者にはお笑いです。私のことを世間は誰も知りません。身の周り以外はね…。しかしプロフィールをここに長々と書くのは控えます。元々自分語りは退屈なものです。
前述のとおり躓きがありダメージは大きかったのですが、とにかく私は生きている限り何かをしなくてはなりません。相変わらず私は商業美術で身を立てたいと思っており、といって取り組みにも身が入らず悶々でした。大なり小なり誰しも似たようなことがあるだろうと思います。一旦は東京を離れ自宅で過ごしていたのですが、それでどうなることでもなく、また東京の狭いアパートに戻りました。戻ったところで、明日食べていく元手がありません。絵もすぐには仕事になりません。私の場合は時間をかけてもそれは難しいことでした。
2024年5月13日月曜日
鬱陶しい経験
眼に関するアクシデントについて、詳しく述べることは避けたいと思います。他人様にとっては恐らく退屈なことです。しかし若い頃でしたから随分なダメージでしたし、後で判ってみれば、その原因は全く馬鹿馬鹿しいことでした。医療にもかかっていましたが、心配ないというばかりで誰も気付かなかった。
以後はそれなりの不自由を抱えて生きることになり、今また年齢的な問題を抱えています。年齢ばかりは抵抗できませんね。それなりに眼も衰える
当時のことを思い起こすと、まったく闇の中を手探りで歩くような鬱陶しい毎日でした。どうにかなりそうな医療機関を更に求めて歩いたり、それは希望だけで繋いだ結果の出ない長い旅でした。
2024年5月10日金曜日
SFブームが過去にあった
2024年5月7日火曜日
何度も挫けて今も挫けて
クリエイティブ--と言う程のことではまったくありません。ただ私は、描くことが好きだったので、己の身に備わったものを良く認識することもなく、また自身での努力がどこまで可能か、などといったクールな観察もなく、ある時期から漠然と商業美術で身を立てたいと思うようになりました。 元々粘り強さのない性格だったので、それまで勤めていた現実的にサラリーの得られる仕事を辞めてしまいました。正直を言いますと、当時の職場には息が詰まりそうでした。